全然テレビドラマ出てたよね?と衝撃を受けた方も多いはず…
【追悼】女優・中村ゆりさん死去、44歳…YURIMARI歌手デビューから女優での飛躍まで、その歩みを振り返る
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生前最後の中村ゆりさん

闘病生活の中、最後に起こった衝撃の内容…

盟友のMARIは真実を知っていた!?

最後まで女優として働いていた…だからこその訃報は衝撃!

YURIMARI時代の中村ゆりさん…可愛い!!

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【追悼】女優・中村ゆりさん死去、44歳…YURIMARI歌手デビューから女優での飛躍まで、その歩みを振り返る
女優の中村ゆりさんが2026年9月1日、直腸がんのため死去したことが、9月14日に所属事務所「アルファエージェンシー」から発表されました。44歳でした。突然の訃報にX(旧Twitter)ではトレンド入りするなど、多くの驚きと悲しみの声が広がっています。この記事では、事務所の発表内容とともに、中村さんのこれまでの歩みを振り返ります。
事務所発表、13年越しの闘病
所属事務所は「9月1日 中村ゆりが直腸がんのため永眠いたしました。生前のご厚誼に感謝いたしますとともに謹んでお知らせ申し上げます」とし、近親者と事務所所属の俳優・スタッフで葬儀を済ませたことを報告しました。
発表によれば、中村さんは13年前にも一度がんを患い、その後寛解。以降も検査を欠かさず、元気に仕事を続けていたといいます。しかし昨年1月に再びがんが見つかり、手術は成功したものの、術後に転移が判明。根治を目指すことは難しく、がんとうまく付き合いながら長く生き生きと過ごすことを目指す治療を続けていたとのことです。
中村さんは7月13日に腸閉塞を発症したことを公表し、来年1月スタート予定だったNHKドラマ10『デンジャラス』の出演を降板していました。当時、事務所は「回復に向かっている状況です」とコメントしていましたが、その後帰らぬ人となりました。
歌手時代―「YURIMARI」としてデビュー
中村さんの芸能界入りは、1996年にテレビ東京系の人気オーディション番組『ASAYAN』の歌手オーディションに合格したことがきっかけでした。友人の伊澤真理さんと女性デュオ「YURIMARI」を結成し、1998年に歌手デビュー。シングル6枚、アルバム1枚をリリースし、ポップで親しみやすいキャラクターで人気を集めましたが、1999年にユニットは解散しています。
女優への転身、『パッチギ!』で大きく飛躍
歌手活動休止から約3年後の2003年、映画プロデューサーの勧めでオーディションを受けたことをきっかけに、女優として活動を開始します。
女優人生の大きな転機となったのが、2007年公開の井筒和幸監督作品『パッチギ! 』です。ヒロイン・キョンジャ役に抜擢された中村さんは、繊細かつ力強い演技で高く評価され、この年の全国映連賞女優賞、第3回おおさかシネマフェスティバル新人賞を受賞。中村さん自身も後年、「私を女優にしてくれたのは『パッチギ!』であり、井筒さん」と、恩師への深い感謝を語っていました。
以降、映画・ドラマ・音楽PVなど幅広いジャンルで活躍。大阪府寝屋川市出身で関西弁を活かした役柄も多く、朝の連続テレビ小説にも出演するなど、幅広い層に親しまれる女優として活動を続けてきました。
晩年も精力的に活動、共演者から追悼の声
闘病を続けながらも、中村さんは2025年放送のカンテレ・フジテレビ系ドラマ『終幕のロンド―もう二度と、会えないあなたに―』でヒロイン役を務め、草彅剛さんと切ない大人の恋を演じていました。同作の公式Xアカウントは訃報を受けて追悼コメントを掲載し、「飾らないお人柄で、いつも笑顔で冗談を言いながら撮影現場を明るく元気にしてくださいました」と、中村さんの温かな人柄を偲んでいます。
ネット上の反応
突然の訃報に、ネット上ではさまざまな声が寄せられています。
- 「早すぎる、まだ信じられない」
- 「パッチギの演技が忘れられない」
- 「病気を隠して仕事を続けていたなんて、プロ意識がすごい」
- 「素敵な笑顔の女優さんだった、ご冥福をお祈りします」
まとめ
中村ゆりさんは、歌手「YURIMARI」としてデビューした後、女優へと転身し、『パッチギ!』での演技で大きく飛躍。以降、映画・ドラマで幅広く活躍を続けてきました。13年にわたるがんとの闘いの中でも仕事への情熱を失わず、最期まで女優として歩み続けたその姿に、多くの人が惜しみない言葉を寄せています。心よりご冥福をお祈りいたします。



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